有隅 惟人(奈良先端科学技術大学院大学)
電子情報通信学会のメディアエクスペリエンス・バーチャル環境基礎研究会(MVE研究会)が2023
年5月31日から6月1日にかけて開催された.本研究会はメディアを用いた新体験の創出や,VRを始
めとする新しい環境におけるHI基盤に関する研究成果発表を行う場である.今回はヒューマンコン
ピュータインタラクション研究会,エンタテインメントコンピューティング研究会,デバイスメデ
ィア指向ユーザインターフェース研究会が合同研究会として連催され,日本バーチャルリアリティ学
会,ヒューマンインフォメーション研究会の共催である.今回のテーマは「人工現実感,エンタテ
インメント,メディアエクスペリエンス」であり,VRやデバイス,人工知能,シミュレーションソ
フト等の様々な発表が行われた.
筆者は本研究会において「聴覚障害者のオノマトペ教育に向けた環境音のAR表示」という題目で,
聴覚障害者の学習支援を目的とし,周りの環境音をリアルタイムにオノマトペとして可視化するシス
テムについて発表を行った.質疑では,聴覚障害者の支援システムとして対象を明確化するような
質問や今後の展望となる環境音認識モデルに関する質問を受け,今後研究進める上で有意義な議論
を行えた.
興味深かった発表は野倉らによる「視差式ディスプレイにおける両眼立体視時の融像困難性と観
察瞳径制限の関係」である.現在のHMDの問題点の一つに輻輳調節矛盾が挙げられる.輻輳とは
「近くの物体を見る際に寄り目になること」であり,調節とは「物体がぼやけないように水晶体の
厚みが変化すること」である.一般にこの輻輳距離と調節距離は一致しており,遠くの物体を見る
際には両目で物体を認識するために目の輻輳が離れ,水晶体はピントが合うように薄く変化する.
しかし,HMDのように近くにディスプレイが設置されたデバイスで遠くの物体が描画されると,輻
輳は遠くの物体を見るために離れるのにも関わらず,ピントを合わせるために水晶体は厚く変化す
る.このように輻輳距離と調節距離が合わない現象を輻輳調節矛盾と呼ぶ.この問題を解決する先
行研究としてマクスウェル光学系を用いたディスプレイがある.これにより使用者の焦点深度が拡
張され輻輳調節矛盾を回避できる一方で,既存の手法では光量が少なくディスプレイとして使用す
るには実用的ではない.マクスウェル光学系において光量の増加は,構成するピンボールの直径を
大きくすることで可能であるが,それによって焦点深度が浅くなり輻輳調節矛盾を回避できなくな
ってしまう.本発表ではマクスウェル光学系ディスプレイのピンボールの直径を操作することで観
察瞳径制限と融像困難性の関係を調べ,融像困難性からみた実用的な観察瞳径を考察していた.
次回のMVE研究会は9月に開催される予定である.
MVE研究会公式サイト:https://www.ieice.org/~mve/